公明党の抵抗・・

 公明党は、「平和と福祉」を標榜して、1970年代以降「社公民」として、社会党、民主党とともに反自民の野党連立政権を模索してきた。また、1993年には、非自民の「細川連立内閣」に参加した。
 しかし、1999年、小渕内閣で自民との連立を組み、以降「自公」連立政権が続いている。連立の中にあって、私自身は公明党の存在によって成立した法律もあれば、平和や福祉の方向に自民党の政策が動かされたこともあったと考えている。
 だが、自衛隊のイラン派遣や、障害者福祉法などは与党として成立に寄与し、公明党内や支持母体からも、「平和と福祉」の党としての在り方として、疑問が投げかけられたのも事実である。
 この10年近く、少数政党が与党に入ることの苦労を続けてきたのであろう。しかし、その中で党の独自性が失われてきてしまった。自民と連立を組むことの価値が問われることとなった。さらに問題は、その自民党の党勢が落ちたことである。無理をして自民党と連立をしても、選挙で負けて下野したのでは何の意味もなくなってしまう。
 来るべき総選挙や、公明党にとって勝利がどうしても必要な都議選を前に、いま公明党はこの10年近く続いてきた自民党との関係の抜本的見直しを模索しているのであろう。
 実は公明党は、数少ない郵政民営化促進の政党であった。特定郵便局長会という集票マシンを抱えていた自民党や、全逓という労組の集票力に依存していた民主党が、郵政民営化でまとまりきれなかった時に、自由な政策スタンスを取れていた。私は、この段階では、もう公明党からして自民党と組むメリットはほとんど失われたのではないか、と考えている。同党の今後に注目したい。