日銀の蹉跌・日銀総裁を考える(2)

 2000年8月、バブルがはじけて、デフレスパイラルの最中に、日銀は「ゼロ金利解除=利上げ」に踏み切った。政府が景気が回復しておらず、景気にブレーキがかかるゼロ金利解除に反発する中での、利上げ強行であった。当時の日銀の判断は、「デフレ懸念の払しょくが展望できる情勢に至った」であった。
 政府のゼロ金利解除決定の議決を延期して欲しいとの強い要請を毅然と拒否しての決定であった。まさに、政府からの独立を、証明した行為であった。
 しかし、デフレ懸念の払しょくは、まったくの誤りで、日銀はそのたった!7ヶ月後にゼロ金利に戻るという政策の逆転をせざるをえなかった。こういった日銀の混乱が、日本の景気を低迷させたことは否めない。私は、自民党の有力者から「日銀の景気判断が当たったためしがない」という言葉を聞いたことがある。
 政府の武藤総裁案は、政府の経済政策と齟齬を来すことのない総裁、ということなのだ。財金分離、政府からの独立という「正論」と、政府の政策との一体性という、もうひとつの「正論」とのバトルとなった。
 民主党は、このバトルを踏まえた上で、日銀総裁にふさわしい人選を提示する必要があるだろう。