明治4年、郵便開業と「太陰暦」、「民部省」(1)

 前島密によって郵便事業が開始された明治4年。この年がまだ「太陰暦」だったことはすでにこのデジタルコラムで書きました。そこで雑学的に・・。
  暦には、1年の長さを太陽の動きによって決める「太陽暦」(新暦)と、月の動きによって決める「太陰暦」(旧暦)とがあります。
 太陰暦では、一ヶ月を月の公転(新月(朔)から上弦、満月(望)、下弦となり、また新月へ)周期=29.5日となっています。こうなると、1年は354日(29.5×12)。そうなると、地球の公転の1年365日とは10日ほどずれてしまいます。3年で30日ずれますので、3年に一度、一ヶ月プラスする、つまり3年に一度、一年が13ヶ月になるのです。これを「閏月」といいました。
 明治に入り近代化=西欧化を急ぐ明治政府は、この太陰暦を太陽暦に「改暦」を決めたのが、明治5年11月9日。「今般太陰暦ヲ廃シ太陽暦御頒行相成候ニ付来ル十二月三日ヲ以テ明治六年一月一日ト被定候事」と。明治5年は12月3日までしかなかった、ということです。ちなみに、旧暦と新暦を計算するサイトを発見。
http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm(→新暦と旧暦)
 ここで計算すると、今日2008年4月29日は、太陰暦(旧暦)だと、2008年3月24日、になります・・・。
 さらに、明治政府が明治5年に改暦を急いだのは、明治6年が旧暦のままだと「閏年」となり、13ヶ月月給を払わねばならず、それを回避するために太陽暦にして12ヶ月にしたのだとか・・・。この真偽は???ですが。