森本毅郎スタンバイ:誤報を考える

(19日分は,当面,このページに掲示します。)

法政大学の教授が,講演会場で手話通訳者を目立たないところにおかせた,との批判記事が,毎日新聞に掲載された。ところが,その数日後,「そのような事実はありませんでした」との訂正記事。なぜ,誤報になったか,誰がその責任をとるのか,全く明らかにしないまま,ほんの10行ほどの訂正記事で済ませていいの?

 

さらに先日,麻原被告の調書が証拠採用された。じつはこれは,95年10月1日,麻原被告が容疑を認め,とられたもの。NHKが,3日後の10月4日,世紀の大スクープ。このNHKのスクープにあわてたのが,新聞各紙。各紙ともウラをとれず,疑心暗鬼の後追い記事。このなかで毎日新聞は,ほぼNHKの報道を否定する論調を取った。

このNHKのスクープの真偽の決着は,「調書の存在次第」と言われていた。その調書が実際に存在していたことが,今,明らかに。なんと1年2ヶ月ぶりに,NHKの勝ち,で勝負がついた。「誤報」扱いした新聞,どうするの?

(言い残しコーナー)

特に,某全国紙の社会部長さん。某ラジオ番組で,NHKの報道を「誤報」って言い切ってましたね。自社の取材網を駆使したが,どこからも「調書を取った」という話は出てこなかったって。「誤報」っていったご自身が「大誤報」。こういうのって,どうやって責任をとるんだろう?ばっくれちゃうのかなあ。

それにしても情けない。自分の新聞の取材網がザルだ,ということを宣言したようなものだから。

(追加)

オンエア直前に,この放送内容をめぐって,ちょっとしたトラブル。納得しないままスタジオ入り。慧眼の(ラジオの場合は慧耳か)リスナーは,ぎくしゃくしたスタジオの雰囲気をかぎ取ったかも?

一時は,松原は「番組を降りる」,とまで癇癪をおこしていましたが,最終的には納得。こういうトラブルが,年に1回はありますねえ。もっとかなあ?へらへら,仲良く放送しているようで,結構シビアなんですよ。

(再追加)

確かに,リスナーは慧眼?でした。何通かこの放送への不満のメールが。いいたいことが言えなかったのです。

私は,マスコミはどんどん相互に批判しあって,その質を高めて行くべきだと思っています。とくに同じメディアだと相互批判が難しいこともあろうから,異なったメディア間の批判が必要だと思います。これからもどんどん問題提起していきたいと思っています。