民主党のエネルギー政策を批判する(3)

【トイレのないマンションから、トイレだけのマンションへ】

日本の原発は、「トイレのないマンション」と言われてきた。核燃料廃棄物の処理ができないまま、マンション生活=原子力発電をしていることを揶揄したものだ。日本の商用の原子力発電が始まったのが、1966年。以後、半世紀近くにわたって廃棄物処理ができないまま、今日に至っている。その処理を担うべき六ヶ所村の再処理工場は、未だ、運用開始のメドがたっていない。
その結果、日本中に17,000トンもの、未処理の核燃料廃棄物が、原発の使用済み核燃料プールにたまってしまっている。そのプールが満杯になってしまった分は、青森県六ヶ所村に「中間貯蔵」されている。
原発を2030年代に止めたところで、この17,000トンがさらに増えて、未処理のゴミだけがたまってしまうことになる。このため、六ヶ所村の再処理工場を稼働させるということになるのだが、重要な問題が3つ生じる。第一は、原発を止めるのであるから、いずれゴミは出なくなる。再処理工場は、いつの日かその使命を終える日が来る。地元にとっては、再処理工場からの税収や補助金、そしてそこでの雇用が終焉する日が来ることを意味する。トイレのないマンションから、トイレだけ(発電せず再処理だけ)のマンションになり、ついにはそのトイレだけのマンションもなくなる、ということである。しかし、より深刻な問題がまだ2つ残る。

【高レベル放射性廃棄物の処理】
使用済み核燃料の再処理とは、いわば、原発のゴミの「分別」である。使用済み核燃料を、九六%の燃え残ったウランと、三%の高レベル廃棄物と、一%のプルトニウムを分別するのである。この中でやっかいなのは高レベル廃棄物である。核分裂の結果出てくるこの核分裂生成物は、ごみ処理の最終段階で廃液としてでてくる。それをガラス固化して、直径四三センチ、高さ一メートル強のステンレス製の器(キャニスター)に入れる。製造直後の表面温度は、二〇〇度、一五〇〇シーベルト(毎時)の強い放射線が出ている。ちなみにこれは、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告の中で一〇〇%の人が死亡するとされている放射線量(約七五シーベルト)を二〇秒弱で浴びる量である。
このキャニスターは、三、四〇年にわたって空冷で冷やした上で、数万年にわたって地下三〇〇メートル以上の岩盤に埋めておくことになっている。いわゆる「地層処理」であるが、この候補地がまだ決まっていない。
ちなみに、数万年にわたって300メートルの地下に埋めておかなければならない、1メートルほどのキャニスターは、日本の17,000トンの核燃料廃棄物を処理すると、23,000本も出てくることになる。再処理工場も動かず、高レベル廃棄物の最終処分にいたってはその場所すら決まらないまま、日本は半世紀近く、原子力発電を続けてきてしまったのである。

【プルトニウムの処理】
原発のゴミを分別して残るのが、プルトニウムである。再処理の結果、ゴミの中にある1%のプルトニウムが抽出される。これはそのままで原子力爆弾の原料とはならないが、「核兵器の不拡散に関する条約」で厳しく管理が制限されている。日本は、2003年8月、二〇〇三年八月、原子力委員会が「利用目的のないプルトニウム、すなわち余剰のプルトニウムを持たない」という原則を示している。このため、処理の結果出てくるプルトニウムは、全量をMOX燃料として再利用することとしているのである。
原子燃料サイクルとは、使用済み核燃料を再処理して、そこからまた、原発の原料=プルトニウムを作り出すがゆえに「サイクル」と呼ばれるのである。しかし、プルトニウムは原爆の原料ともなるが故に、原発を止めながら、再処理を進めると、「余剰のプルトニウム」がどんどんたまっていくことになる。その量は、単純計算して、17,000トンの1%、170トンになる。国際社会が、日本の原発ゼロ政策に強い懸念を示しているのが、この170トンのプルトニウムなのである。

日本の原子力発電は、17,000トンもの未処理の核燃料廃棄物を抱え込んでいる。その中には、500トン、23,000本分のキャニスターになる高レベル放射性廃棄物と、原爆の原料となりうる170トンのプルトニウムが含まれている。
その状況の中で、福島第一原子力発電所の事故が発生した。では、原発を廃止すればそれですむのかというと、原発ゼロで、日本経済の持続的発展があるかどうかもさることながら、この廃棄物処理の難題も同時に解決しなければならないのである。この解が示せないまま、政府は2030年代原発ゼロを決めようとしたが、難題処理を棚上げしたままでの決定など、できるわけがない。原発ゼロを求める世論(ほんとうにそうなのか、慎重な検証が必要だが)と、経済発展のために原発維持を求める経済界と、プルトニウム処理に懸念を示す国際社会の中で、政府は、解を見つけられないでいる、というのが真相であろう。しかし、解が見つけられないまま、エネルギー政策の方針を出しては、ぶれまくっている。この一事だけをもってしても、現政権に、政権維持の能力も資格もないと言わざるを得ない(続く)