細川内閣が作った鳩山内閣

 93年8月、非自民・非共産の細川内閣が発足。内閣の唯一の課題が、選挙制度改革。衆院の中選挙区を小選挙区に変えるべく、改革に取り組んだ。最終的に、野党自民党(河野洋平総裁)と妥協が成立、300小選挙区、200比例代表の新制度が、翌94年3月に成立した。そして、96年10月の総選挙から、この制度で選挙が行われた。
 中選挙区では、政権交代はありえなかった。各選挙区に2人以上の候補を立て、過半数以上の候補者を立てられる政党が自民党しかなかったからである。小選挙区であれば、各党1人ずつ候補を立てられ、過半の選挙区で勝てば、過半数獲得となる。
 この選挙制度改革は、自民党が下野した細川内閣であったから出来たことである。その制度の下で、ついに政権交代が実現したということである。細川内閣、羽田内閣は短命に終わったが、そこが作り上げた小選挙区制度が、15年後の政権交代を実現させることになったのである。