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令和に思う

2019年5月1日(令和元年5月1日)

T先生、

  令和は、予報よりは若干いい、曇りで始まりました。令和、いい響きでぼくは気に入っています。ぼくは、令和の発案者と言われている中西進氏のこの問い『・・「令(うるわ)しく平和に生きる日本人の原点です」というメッセージを送りましたね。なぜ、「平和」という2文字を選んだのですか。』に対する答えが印象に残っています。「終戦から約70年、日本人は自国の軍国化を何とか防ぎ、おかげで平和が保たれてきました。しかしいま、難しい局面が立ち現れています・・でもそこには決して越えてはいけない線、聖なる一線があるのだと僕は訴えたかったのです。軍国化をしてはいけないという一線です」(朝日新聞4月20日朝刊

    第二次世界対戦後、冷戦を経て民族対立、国際テロなどの多極的な国際対立が深まり、世界平和の維持は複雑な連立方程式の中でしか解けない状況になっています。そのために日本が果たす役割が何なのかが問われています。この役割の発揮なしには、令和時代の日本自身の平和も維持されないのではないでしょうか。

T先生、

  平和は、私たちの生活の安定を意味しているとすると、地震などの災害や、もしかすると激しく進む少子高齢化や人口減少も、平和を脅かすものかもしれません。振り返ってみると、過去には経済危機などの生活の不安定が引き起こした戦争も少なからずありました。

  昭和から平成への改元は、昭和天皇のご病状の報道とご薨去の中で行われました。平成から令和へは、平成天皇がご夫婦でお元気な中での改元であり、歴史の中で繰り返されてきた人心を新たにしてきた改元を彷彿させます。

  ここで思い起こすのが、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」という憲法の前文です。平和の維持には、恐怖だけではなく、欠乏からも免れることを必要とすることが明示されています。私たちは、世界平和維持のためには、国際関係の安定のために積極的な役割を果たすとともに、日本の、そして世界の経済の安定のための努力も惜しんではならない、ということだと思います。

T先生、

 令和への改元で、今、国民の心が一つにまとまりつつあるように見受けられます。この機会に、オリンピック、パラリンピックを直前に控え、これからの真の意味での平和の時代作りに、「国際社会において、名誉ある地位を占め」るための努力がもとめられているのでしょう。その時に、教育の果たす役割も大きいと思います。

   改元の朝に、つらつらと考えたことを書き留めてみました、、、

   連休の残り、ゆっくりとお過ごしください。

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『電子書籍アクセシビリティの研究』のアクセシビリティ

2017年1月に、松原聡編著『電子書籍アクセシビリティの研究』(東洋大学出版会)を公刊しました。
「この本自体が、電子書籍読み上げ機能の実験体です」
「出版段階から、一冊まるごと極力誤読を少なくして音声読み上げすることを前提に作られた初めての書籍です」(下記リンク参照)。
誤読ゼロへの実験

1月30日に開催された公刊記念シンポのようすは、こちら、、
公刊記念シンポジウム

旧3本の矢を思い返す

安倍政権は、サミットで金融緩和、財政出動、構造改革でとりまとめを狙っている。なんのことはない、これは旧3本の矢だ。金融緩和は、利上げをしたくて仕方ないアメリカを巻き込んでの合意は困難。とりわけ、アメリカは円安誘導となる日本の金融緩和を強く牽制している。
財政出動。これをG7でもっとも財政状況が悪い、日本が主張するのは皮肉な事態だ。金融緩和は、アメリカの牽制で、さらにすでにマイナス金利まで導入して打つ手がない状態だ。構造改革は、今の景気回復には即効性がない。残るのは財政出動しかない。
2020年のプライマリバランス黒字化の目標達成が、極めて難しくなった今、財政出動は野党の攻撃対象となる。それを、G7での合意を旗印に、切り出したいのだろう。財政赤字累増の中での、財政出動は危険な手だ。すくなくとも、そうとう大胆な歳出構造の見直しや構造改革とセットであるべきだ。
旧3本の矢の時に、「構造改革」の矢をしっかりと放っていれば、もう少し事態はマシだったのではないか。岩盤規制を打ち破る、との勇ましい言葉が先行して、明確な成果が見えないまま、抽象的な「新三本の矢」に移行してしまったのは、僕は失政だと思う。
日本経済は、3本の矢の「金融緩和」で回復したのは間違いない。野党が何を言おうが、「株価8000円、円80円。厳しい新卒採用。」といった状況を打ち破る経済政策を、政権を担っていた民主党は何一つ出せなかった。格差とか、インフレ2%が達成できないとかの批判は、説得力はない。
しかし、株価を回復させ円安に導いた「異次元の金融緩和」は、継続性のある政策でないことは,黒田総裁ご本人が一番翌承知していたはずだ。財政赤字で発行した国債を、市場から日銀がかき集め続けられるはずがない。早い段階で、国債増発に歯止めがかけられることが、「異次元緩和」の前提条件だった。
異次元の金融緩和は、銀行にお金を貸しやすくさせる政策だ。企業の側にお金を借りたいというニーズ、投資マインドがなければそもそも効果が出ない政策だ。その投資マインドに火がつけられないまま=笛吹けど(企業が)踊らず=では、いずれ行き詰まる政策だ。
国内外の企業が、日本での投資意欲が高められるような政策、目に見える大胆な構造改革が今こそ求められているのではないか。G7での財政出動合意を目指す前に、企業の投資マインドと国民の消費マインドが高まる政策を、わかりやすく国民に示すべきだ。今一度、旧3本の矢を振り返る時期かもしれない。

安保法制について(9月1日)

安全保障法制の議論が最終段階となった。まず、私は憲法9条については、改正する必要があるとの立場にある。その第一の理由は、自衛隊は9条2項の「戦力」にあたると考えるからである。

話題の砂川判決では、憲法9条2項の「戦力」とは、「わが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうもの」と、「結局わが国自体の戦力を指し」としている。アメリカ軍はこの「戦力」に該当しないので、日本に駐留していても、9条2項に違反しないとの趣旨である。

9条2項の戦力が「わが国自体の戦力」だとすれば、自衛隊は「戦力は、これを保持しない」に間違いなく抵触する。自衛隊の廃止がありえないとすれば、それを合憲とする憲法の改正が必要だとするのが、私の立場である。

「個別的自衛権はある」との政府の解釈は、司法による判断を受けたものではない。司法は、自衛権は認めるが、自衛隊については判断を下していない。自衛権を他国の軍隊=アメリカ軍に依存することを認めただけである。

憲法学者の多くが「集団的自衛権」は憲法違反だと言う。しかし、まずは自衛隊による個別的自衛権が、合憲か否かの判断を示すべきだ。最高裁は、米軍による自衛を認めているだけだ。

政府が集団的自衛権を砂川判決が認めているというのは、誤り。日本という国家が自衛をアメリカに頼むことを集団的自衛としているだけであって、自衛隊という戦力が、アメリカ軍と共同行動することを指していないからである。

憲法9条をもち、前文で平和主義を掲げることで、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」とあるが、戦後70年を経て、名誉ある地位にあるのかどうか。平和憲法をもち、世界第三の経済力を持つ日本こそ国連の安保理の常任理事国にふさわしいのではないか。

しかし、常任理事国入りのメドはまったくたっていない。常任理事国は、第二次世界大戦の戦勝国であり、核保有国である。さらに言えば、中国、ロシアは、中華民国、ソ連からその地位を引き継ぐ正当性はないのに、常任理事国の地位にある。これが国際社会の現実である。

イラン核開発の交渉国。常任理事国の米、英、仏、露、中に加えてドイツの6カ国。日本はなぜここに入れないのか。イランと強い経済関係を持ち、平和憲法をもち、なにより、唯一の被爆国。やはり、「国際社会において名誉ある地位」は占められていないと「思ふ」。

株価2万円

2015年6月29日

先週、株価は20,700円で終えている。ギリシャ財政危機を控え、今日以降の株価は不透明 。今のうちに、、、 僕が、今の野党、民主党、維新の党に不満なのは、マクロの経済政策についての視点が極 めて甘いこと。政権のもっとも重要な政策課題の一つがマクロ政策だから。 アベノミクスの1丁目1番地は、「異次元の金融緩和」。これに尽きる。この結果、安倍内 閣成立前の2012年11月と、現在を比較すると、株価は9000円が20000円に。円は80円が 120円に。バブル崩壊後に低迷していた日本経済に、四半世紀ぶりに画期的な変化が現れ た。 二つだけ経済指標を出す。有効求人倍率は、0.80が1.17に。外国人旅行者は、622万人が 1341万人に。僕は、これが異次元金融緩和の、つまり安倍内閣のマクロ政策の結果だと思 っている。このマクロ政策を、民主党、維新の党はどう捉え、自らはどう異なる政策を出 そうとしているのか? 民主党は、2014マニフェストで「過度な異次元緩和」よりも、経済、財政状況、市場環境 を踏まえ、「国民生活に十分配慮した柔軟な金融政策」を日本銀行に求めます。」として いる。異次元緩和を「過度」ととらえ、「柔軟な金融政策」をとしている。 「異次元」だからこそ、「過度」だからこそこの成果に至ったのであり、柔軟な金融政策 、つまり従来通りの金融政策では、絶対に株価20000円、円120円はありえなかった。民主 党は、柔軟な金融政策を行っていれば、今のマクロ経済指標がどうなっていたかを、述べ るべきだ。 ここは、笑うしかないが、「異次元の金融緩和によるアベノミクス一本目の矢は、円高を 是正して株価を押し上げ、経済回復へのかすかな光をもたらしました。」「かすかな光」 が、このアベノミクスへの評価とは、、、まだ、「過度」だから「柔軟」に、という民主 党のほうが、ましと言うしかない。 「異次元の金融緩和」が、長く維持可能な政策とは思えない。おそらく日銀総裁自身もそ う考えているはずだ。しかし、四半世紀続いた経済スランプを脱するには、この特効薬し かなかったはずである。 民主党と維新の党が、政権を目指すのであれば、まずはこのアベノミクスの第一の矢につ いて、明確な評価を示すべきであり、その代替策を国民に明示しなければならない。その 結果、どういうマクロ経済指標がえられるのかも、である。

AIIB(その2)

これが可能となったのは、ADBへの出資比率であり、日本、アメリカがともにトップの16%ほどを占めており、日米が合意すればADBのトップは事実上決まってしまう。

この国際金融機関の歴代トップを、一国の財務省のNO2が独占してきたというこの事実だけで、AIIBの成功の根拠が示されたことになろう。さらに、このADBが途上国のニーズを満たしてこなかったという、実態的な批判も強かった。融資の制約や油脂決定までの時間がかかることなどで、途上国のニーズを満たすものではなく、その改革も遅々として進んでこなかった。

こういったことを、如実に証明するのが、AIIBの成功の前に、ADBが融資決定の迅速化などの改革をあわてて行っていることである。

AIIBに対して、日本政府は「組織運営のガバナンスや透明性」を求めており、現段階では参加を表明していない。しかし、アジアの大半の国、さらに英・仏・独・伊などの主要国が参加を決めている(最終的には各国での批准が必要だが)ということは、「ガバナンス・透明性」に大きな問題はないと判断しているということだ。

今後、大きなインフラ整備の資金需要が生じるアジアで、トップを日本の財務省OBが独占し続けているようなADBだけではダメだという、世界の世論が、中国の高度な外交戦略を後押ししたと考えるべきである。(completed)

AIIB(その1)

「AIIBの成功は、大蔵・財務のADB総裁独占にあり? 」

アジアに二つの国際銀行ができる。中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)と、日米主導のアジア開発銀行(ADB)である。途上国の開発の金融支援が二元化することは、効率的にみて、好ましいことではない。なぜADBがあるのに、AIIBが作られたのか。そしてそのAIIBにアジアのほとんどの国と、世界の主要国の57カ国もの国々が集まった。それはなぜなのか。
AIIBの成功を、中国の外交戦略の前に日本外交が敗北したとかも言われている。しかし私は、この成功の原因は、日本の財務省のADBへの関わりへの世界の批判があったとみている。
ADBは、日本の旧大蔵省の主導で、1966年に発足した。本部こそマニラにあるものの、以下に示すように歴代総裁はすべて日本人である。

渡辺武                                   1966年11月 – 1972年11月
井上四郎                              1972年11月 – 1976年11月
吉田太郎一                         1976年11月 – 1981年11月
藤岡眞佐夫                         1981年11月 – 1989年11月
垂水公正                              1989年11月 – 1993年11月
佐藤光夫                              1993年11月 – 1999年1月
千野忠男                              1999年 1月 –   2005年2月
黒田東彦                               2005年 2月 –  2013年3月
中尾武彦                               2013年 4月 –

現日銀総裁の黒田東彦氏の名前が見られるように、彼らはみな大蔵・財務の出身者であり、NO2の地位である「財務官」出身者である。国際機関であるADBが実は、財務省の天下り先となっているのである。(to be continued)

ふぐの白子酒

最近のお気に入り。ちょっと高いんだけど、「ふぐの白子酒」。丁寧に白子をすりつぶして、(それこそ10分もかけて)、熱いお酒に。どぶろくのように白濁し、味はやわらかい。あるお店では「これを飲んじゃうと、ひれ酒は飲めなくなりますよね」と店主が。御意。

日本国憲法の平和主義

日本国憲法の特色に、基本的人権の尊重、三権分立、平和主義があげられるが、前2者は現代の主要国家共通のものであり、平和主義こそが日本国憲法独自の特色である。この平和主義は、憲法前文の「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」という認識と、それに基づく憲法9条の「戦争」「武力の行使」を放棄し、「戦力」を保持せず、「交戦権」を認めない、から成っている。
憲法9条の是非やその解釈は、多く議論されているが、私はなによりもこの9条を支える憲法前文の世界情勢や国際関係についての見方、認識について議論すべきだと考えている。

人類は二度の世界大戦を経験しているが、第一次世界大戦では、戦後、戦勝国も軍縮に取り組んだ。戦争のない世界を、軍縮により実現しようという思いがあったのである。しかし、第二次大戦では、敗戦国である日本、ドイツ、イタリアに武装解除を求めたものの、戦勝国は軍縮に取り組むことはなかった。軍縮により平和の実現をはかろうとした第一次大戦後と違い、第二次世界大戦後の国際社会は、戦勝国の武力でもって、平和を維持しようとしてきたのである。
憲法前文にある「平和を維持し、専制と隷従・・を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会」とは、日本の憲法9条にある武力放棄でもって平和を志向するものはなく、戦勝国の武力でもって平和を維持しようとしたものなのである。
このことは国連の、国際社会の平和の維持のもっとも重要な役割を占める安全保障理事会の常任理事国を、戦勝国5カ国が独占を続けていることからもあきらかである。これらの国は、すべて核保有国でもある。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」とある。もしこの理念が現実の国際社会の中にもあるのであれば、戦後70年近くにわたって世界の憲法の中でも稀な平和主義を掲げる憲法を維持してきたわが国こそ、安全保障理事会の常任理事国という「名誉ある地位」を得て当然のはずである。しかし、現実には得られていない。

さらに、戦後の国際社会は実際に多くの戦争、紛争を経験してきた。「平和を愛する諸国民」同士が、戦争を繰り返してきたのである。また日本の国民を拉致し、日本に向けてミサイルを発射する北朝鮮も国際社会の一員である。国際関係は日々、変化するものである。終わったと思われていた冷戦が、ウクライナ危機で復活しつつある。またアメリカとの軍事同盟を1992年に破棄したフィリピンが、中国の脅威の前に再びアメリカとの軍事同盟を組んだ。これが、国際社会の現実である。

日本国憲法のすべての前提には、日本国民の「安全と生存」の保持があるはずである。これを、「平和を愛する諸国民」を信頼して保持できるのか否かが問われるべきなのである。

日本は、9条の規定にかかわらず、すでに現実に自衛隊という紛れも無い「戦力を保持しており、アメリカとの軍事協定の中でわが国の「安全と生存」を保持している。日本の「安全と生存」の保持の実際のあり方と、憲法前文、9条との間には間違いなく大きなギャップがある。ふと思い出したのが、1994年の自民党・社会党・さきがけの連立政権である。当時の自民党は、政権復帰のために、社会党左派の、護憲主義者の村山富一氏に国政を委ねた。その際に自民党中枢が村山氏に尋ねたのはたった二点だったという。ひとつは、自衛隊を解体するのか、もう一つが日米安全保障条約を破棄するのか。村山氏の答えはいずれもノーであったという。

集団的自衛権をめぐって、憲法解釈の変更が議論されている。今こそ、日本の「安全と生存」の保持のあり方を問いなおすいい機会である。私はその議論は、憲法前文の世界情勢「観」の見直しから始めるべきだと考えている。