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中国の防空識別圏を考える①

2014年2月12日(水)、衆議院予算委員会で日本維新の会の石原代表が、日本・台湾の航空路の危険性について、1983年の大韓航空機がソ連軍機に撃墜された事件を引き合いにだして言及した。私は、これは重要な警告だと思う。

ことの発端は、2013年11月23日、中国が、尖閣諸島上空などを含む東シナ海の広い範囲に、防空識別圏をAir Defense Identification Zone, ADIZ設定したことにある。この範囲は、日本の防空識別圏と大きく重なり、日中間の緊張が高まることが懸念されている。石原代表の指摘は、この中国の防衛識別圏には、日本の民間航空の日本・台湾の空路が含まれることによるものだ。

防空識別圏とは、領空侵犯に備えるため領空の外側に設定した空域である。当該国が公表し、圏内に入る航空機には、国籍確認などのため事前に通過位置、通過予定時刻の報告を求めるものとなっている。報告なく侵入した場合は、国籍不明機と判断され、迎撃戦闘機のスクランブルの対象となる。

このため、日本航空や全日空は、いったん中国の防空識別圏に従って台湾航路の事前の報告を行う方針を決めたが、現在は撤回している。石原代表は、太田国土交通大臣に「現在も、中国の防空識別圏を通過する民間航空機は事前の報告を行っていないのか」という旨の質問をして、大臣から「していない」との答弁を得ている。この事態にたいして、石原代表は危険な状態だとの認識を示したのである。

NHK会長、経営委員問題を考える②・完

2006年の竹中懇談会では、NHKのガバナンス問題を真剣に議論した。当時から、1月31日付けの朝日新聞の紙面に載った、NHK関係者のような発言は繰り返し私の耳にも入ってきていた。経営委の権限強化が「政治が経営に直接介入」する余地を生む、と。

しかし、それにはNHKという巨大組織のガバナンスをどう機能させるのか、という難題の解はない。一般の株式会社には、株主総会というガバナンスが、政治には選挙というガバナンスがかかる。NHKのガバナンスは、国会同意人事の経営委員会にゆだねるしかない、が懇談会の結論であった。経営委員が政府の任命であれば、政府の影響を受ける懸念がある。だからこその、国会同意人事である。現代の日本で、これ以上中立性を担保する制度はない、といってよかろう。長く続いた衆参ねじれ状態の下で、日銀総裁などの国会同意人事でどれだけ混乱してきたか、を思い出して欲しい。

今回の経営委員は、久々のねじれ解消状態で選ばれた。その選び方が問題だということになると、衆参ともに、自民党に勝たせた国民の判断が問題だ、といわざるを得ないことになる。だからこそ私は、「会長を選んだ委員に問題があるなら委員を送り込んだ政権に次の選挙で『ノー』というしかない」とコメントしたのである。より強い中立性を担保するのであれば、例えばNHKの経営委員だけは、憲法改正のように衆参共に3分の2の賛成が必要とするとかないはずである。

私が驚いたのが、今回の会長発言を受けて、民主党が出した、経営委員会独立性強化のために、総務相の下に有識者で構成する「選定委員会」を新設し、そこが首相に経営委員候補リストを提出する、という方針である。国会同意人事を、政府の総務省の委員会が縛る、ということになる。公共性を担保する、いわば政府の好きにさせないための国会同意という制度を、政府の中の1府省の大臣の委員会にゆだねるというおかしさ・・・。

私は、政策の方向性が異なることについては、しっかり議論はするが寛容である。しかし、こういった論理的思考力の欠如事例に対しては、厳しい。この趣旨の法案(放送法改正案)をもし民主党が国会に出してきたら、たぶん、この政党の未来は限りなく暗いと断言していい。(了)

NHK、会長・経営委員発言問題を考える①

NHKが揺れている。籾井勝人会長の発言はもとより、経営委員の二人の発言も物議を醸している。こういった言動は、問題であるのは間違いない。NHKの経営委員なり、会長なりに選ばれた段階で、言動には十二分に注意すべきだ。就任会見で政治的中立性などおかまいなしの発言をした籾井会長は、NHKにかかわらず、責任ある立場につく資格があるのかすら疑われても仕方ない。慶応義塾大の岸博幸教授が「『うちは日本政府のご用メディア』と言ったことと同じ」(朝日新聞1月31日朝刊)と喝破したが、私もまったく同意見である。

問題は、そういった会長が選ばれた経緯にある。岸氏のコメントが載った朝日新聞の記事も、そこを問題にしている。2006年に、竹中平蔵・総務相(当時)の私的懇談会「通信・放送に関する懇談会」が作られ、そこでNHKのガバナンス強化のために経営委員会の権限強化の方向が打ち出された。その後、その方向で放送法が改正された。今回の会長人事も原因がそこにあるとの見方もあり、記事では「NHKへのガバナンス強化という名の下、政治が経営に直接介入する余地が生まれてしまった」という「NHK関係者」のコメントを載せている。

実は、岸氏は当時の竹中総務相の秘書官、そして私が、懇談会座長であった。朝日新聞の記事には、①NHK関係者の経営委の放送法改正での経営委の権限強化が「政治が経営に直接介入」をもたらしたとのコメント ⇒②当時の立役者の岸氏の「政府のご用メディア」コメント ⇒③当時のもう一人の立て役者の松原の「あんな会長が選ばれるような制度を作ってしまった反省」コメント、という三段構えの記事にしたかった向きがある。

しかし、私は長い取材にもかかわらず、断固、「反省」せずに、「経営委員が国民を代表する国会の多数で決まるのは当然。それが民主主義だ。会長を選んだ委員に問題があるなら委員を送り込んだ政権に次の選挙で『ノー』というしかない」とコメントし、それが紙面に掲載された。

おそらく、取材意図とは異なるコメントであったが、(会長選びの)「仕組みの改善は難しそうだ」として私のコメントを私の発言の趣旨通りに掲載したのは、さすが朝日新聞である。(私は、ボツだと思っていた) 続く

障害者差別解消法の実効ある施行のために

障害者差別解消法について 障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律、平成二十五年(2013年)六月二十六日法律第六十五号)が成立し、平成二十八年(2016年)四月一日に施行されることになった。民主党が作っていた法律案を、政権交代で自民党が引き継ぎ、かつ、衆参ねじれの中で成立させたのは「針の穴を通す」ようなものであった。(⇒当コラム2013年5月2日「障害者差別解消法の今国会成立を」http://satorum.net/?p=3847) また、この法律の成立を受けて、批准が遅れていた国連障害者権利条約Convention on the Rights of Persons with Disabilities=あらゆる障害者の、尊厳と権利を保障するための人権条約)2013年12月4日、参院で批准され、2014年1月20日、国連事務局で承認された。

まずはこの法律の成立と条約の批准は、日本の障害者政策からみて画期的なものであり、高く評価したい。  しかしこの法律が実効を持って施行されるためには、障害を持つ当事者の方、そして行政機関等、事業者、そして国民全体が、以下に示すこの法律の仕組みをしっかりと理解する必要がある。

 

①「社会的障壁の除去」には、障害者からの意思の表明が必要であること。⇒行政や事業者が自ら、社会的障壁の除去をするのではない。 ②「社会的障壁の除去」には、行政機関等や事業者(民間)があたるが、その際に「負担が過重でないとき」という留保条件がつけられていること⇒予算等の制約があれば、除去しなくてもいいということにも・・ ③「社会的障壁の除去」は、行政機関等は義務(上記の留保条件あり)であるが、事業者は義務ではない(さらに上記の留保条件あり)こと。  つまり、社会的障壁を「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合」に、行政機関等は「負担が過重でないとき」に除去の義務が生じ、事業者は、「負担が過重でないとき」に除去の努力義務が生じる、ということである。  この法律の仕組みからすると、この法律が実効を持って施行されるためには、①障害者が意思の表明をする場(誰に、どうやって?)が明確であること、②その表明に対して迅速、明確な対応がなされること、③その対応には、「除去の可否、可の場合はいつまでに対応を始め、いつまでに完了するのか、否の場合はその根拠を示すこと」、などが含まれること、④その対応について、意思表明者が不満を持つ場合の相談・対応窓口が明確であること、などが必要となる。

たとえば、車いすを使用している障害者が、ある公立図書館で車いす用のスロープがなく図書館に入ることができないという「現に社会的障壁の除去を必要」としたという事態について、その障害者が誰に意思の表明をすればいいのか、またその意思の表明をした後に、どのような対応がなされるのか、そしてその対応に不満であった場合に、どこにその不満を申し出ればいいのか、これが、法律の施行時(2016年4月1日)までに制度的に確立している必要があるということである。 (了)

JR北海道の事故と国鉄民営化

JR北海道で、事故などが多発して、国土交通省の特別保安監査を受け「改善指示」を出される事態になっている。マスコミなどで、この原因を、国鉄分割民営化の6分割に求める論調が目立っている。JR北海道、JR四国、JR九州の経営安定基金に依存するいわゆる「三島会社」が、その経営安定基金の運用益が低金利で減少し、経営的に安全を軽視せざるをえないというものだ。しかしこれは、根拠を欠く議論である。

国土交通省が公表するデータに、「鉄軌道輸送の安全にかかわる情報」がある。そこでの列車走行100万キロあたりの輸送障害発生件数(部内要因)【注】を見ると、JR旅客6社では、
JR北海道 2.68
JR東日本 1.63
JR西日本1.57
JR九州0.92
JR東海0.81
JR四国 0.76
と、JR北海道がトップであるものの、経営的に安定しているJR東日本が2位につけており、3位もJR西日本である。経営的に厳しい「三島会社」が輸送障害(部内要因)を多く発生させているということは、まったくない。(ちなみに、大手の鉄道事業者でもっとも障害発生件数(率)が低いのが、阪急電鉄で、0.08である。JR北海道の33分の1,JRでもっとも低いJR四国の9.5分の1である。)

一見わかりやすい、「鉄道の営業黒字が期待できず、経営安定基金に頼る『三島会社』だから事故が多発する」といった議論に惑わされず、冷静に輸送障害の発生原因やそれをどう減らしていけるのか、を議論する必要がある。

【注】2006年から2011年の列車走行100万キロあたりの輸送障害発生件数(部内要因)。
輸送障害とは、「列車の運休、旅客列車の30分以上の遅延等」で、部内要因とは「鉄道係員、車両、鉄道施設に起因する輸送障害」であり、部外要因とは「風水害・雪害、地震などの自然災害、線路内に人や動物が立ち入ったこと等による輸送障害」のこと。(出典:国土交通省鉄道局「鉄軌道輸送の安全にかかわる情報(平成23年度版)」(平成24年7月)

小泉元総理の脱原発発言から考える③

六ヶ所村の再処理工場を稼働すれば、中間貯蔵の問題は解消する。最大で年800トンの使用済み核燃料が処理されることになる。しかし、そこに大きな問題が二つ控えている。使用済み核燃料を再処理すると言うことは、その燃料を、96%の低レベル廃棄物、3%の高レベル廃棄物、1%のプルトニウムに分別するということである。第一の問題は、3%の高濃度の放射性廃棄物である。この廃棄物は、高い放射線を出し続けるため、ガラス固化して直径数十センチ、高さ1メートルほどの円筒形のキャニスターと呼ばれる容器に詰められて、数百メートル地下で数千年に及ぶ「地層処分」が必要となる。ちなみに、日本にすでにある使用済み核燃料をすべて処理すると、このキャニスターが23,000本出てくることになる。しかし、それを処分する場所がどうしても決まらないでいる。

第二の問題は、1%のプルトニウムである。プルトニウムは原爆の原料となりうるため、日本では2003年8月、原子力委員会が「利用目的のないプルトニウム、すなわち余剰のプルトニウムを持たない」という原則を示している。17,000トンの使用済み核燃料の中に、その1%に相当する170トンものプルトニウムが存在している。再処理の結果、これだけのプルトニウムが出てくるのである。日本の核燃料サイクル政策では、このプルトニウムをMOX燃料として使用することで消費して、「余剰プルトニウムを持たない」という方針と合致させることになっている。

再処理工場を稼働させると、原発を再稼働させてプルトニウムを消費しなければならず、同時に、高レベル廃棄物の地層処分の場所を決めなければならない。一方、再処理工場の稼働を断念すると、すでに六ヶ所村再処理工場に搬入されている3,000トンをはじめとする17,000トンもの使用済み核燃料を、ワンススルーとして最終処分する場所をすぐにでも決めなければならなくなる。

今の日本では今後の日本の原発をどうするか、と同時に過去の使用済み核燃料をどうするか、が問われるのである。小泉元総理の問題提起は、こういった「トイレのないマンションのまま」半世紀近くも原発を続けてきたツケをどう解決するのかという問題も同時に提起されるべきものなのである。

 

小泉元総理の脱原発発言から考える②

 その17,000トンのゴミは、各原発サイトに14,000トン、六ヶ所村のまだ稼働していない再処理工場に3,000トンある。この原子力発電所で出たゴミである使用済み核燃料は、日本では「核燃料サイクル」として、再処理、再利用する方法を決めてきた。一方、アメリカなどでは、「ワンススルー」として、処理せずにそのまま最終処分する方法がとられてきた。日本でのそのサイクル工場が「六ヶ所村再処理工場」である。この再処理工場が稼働すれば、原発のゴミは再処理、再利用されていくのであるが、そのつなぎとして、「中間貯蔵」が必要となる。すでに六ヶ所村再処理工場に運び込まれた3,000トンも広義の中間貯蔵である。また東京電力と日本原子力発電は、5,000トンの中間貯蔵施設を、青森県むつ市に建設しその一部(3,000トン分)が2013年8月、完成している。
 量的にみれば表面的には、日本の各原発に20,000トン、むつ市の中間貯蔵施設に5,000トン、六ヶ所村再処理工場に3,000トンと合計28,000トンのゴミの貯蔵は可能な状態にある。現在のゴミの量、17,000トンと比べて、十分余裕がある状態である。しかし、青森県は中間貯蔵については、再処理を前提とした中間貯蔵としており、再処理が行われなければその中間貯蔵自体を認めない方針でいる。青森県は六ケ所村の再処理工場内に貯蔵されている使用済み核燃料3000トンについて、事業者である日本原燃と「再処理事業実施が困難となった場合には、施設外へ搬出する」との覚書を交わしている。また、この夏に完成したむつ市の中間貯蔵施設についても「再処理するまでの一時貯蔵」を前提とした協定を締結している。もし再処理が行われなければ、中間貯蔵が「ワンススルー」の最終処分場となってしまうからである。
 つまり六ヶ所村の再処理工場が稼働しないと言うことになると、日本の使用済み核燃料の貯蔵は一気に危機的な状況とってしまうのである。むつ市の5,000トンは受け入れ不能となり、すでに貯蔵されている六ヶ所村の3,000トンは返却ということになる。しかし六ヶ所村の貯蔵分は、原発サイトでの貯蔵プールが満杯に近いところから受け入れを始めており、返却しようにもすでにスペースが満杯に近く、事実上返却は困難という状況なのである。原発を再稼働するかしないかとは別に、この深刻な使用済み核燃料問題が私たちの前に立ちはだかっているのである(続く)。

小泉元総理の脱原発発言から考える①

小泉純一郎元総理が、即時脱原発を強く主張している。政策作りの卓抜したカンを持つ元総理の発言は、そのカンが皆無に近い鳩山由起夫、菅直人元総理らの脱原発の発言とは、重みがまったく違う。その小泉元総理は脱原発の一つの根拠に、原発のゴミ(使用済み核燃料)の処理ができないことをあげている。原発再稼働の是非は、安全性や、電気の安定供給、電気料金などの視点から論じられることが多いが、ここでは小泉元総理の、原発のゴミ処理問題から考えていきたい。
日本の原発は、使用済み核燃料の処理・処分ができずに発電を続けてきて「トイレのないマンション」と揶揄されてきた。その処理は、核燃料サイクルとして、使用済み核燃料を再処理して、再利用するという方針をとってきた。しかしそこには、二つの大問題があった。一つは再処理を行う六ヶ所村の再処理工場の運用開始が、建設中のトラブル続きで大きく遅れたことである。現段階でも運用開始されていない。もう一つはそこから出てくる高濃度の放射性廃棄物の処分場の建設場所が決まっていないことである。
原発で出てくるゴミの処理すら出来ないのに、事故を起こしたら大変なことになる原発を稼働させていいのか、が小泉元総理の主張である。日本の使用済み核燃料の一部はフランス、イギリスで処理されてきたが、国内に未処理の使用済み核燃料はたまり続け、すでに17,000トンになっている。その、過去の負の遺産である大量のゴミをどう処理をどうするかを明らかにしないかぎり、「ゴミの処理ができないから」原発を止めろ、といっても残念ながら説得力に欠ける。これから出るゴミを止めるという問題と、すでに出てしまっている過去のゴミをどうするか、は、やはり同時に考えていかなければならない(続く)。

SNSでの「議論」の成立について

SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)は、双方向の意見交換を可能にする場である。ネット選挙では、この双方向性を活かして候補者と有権者の意見交換が実現すれば、投票先を決める際の有力な情報となるし、政治への民意がより反映されやすくなる可能性も秘めている。

しかし、政治家や選挙期間中の候補者(以下政治家・候補者とする)の多くがこの双方向性を活かすことに、極めて消極的である。その理由を探るために、実験的にTwitter上で、議論をしかけてみた。これは、ネット選挙解禁を控え、政治家・候補者に「SNSの双方向性を活かせ」と訴えるための、自分なりの根拠を得たいからであった。そして実験の結果は、残念ながら政治家・候補者の方に、Twitterでの議論に加わるべきとはとても言えないというものとなった。

Twitter上の、ハッシュタグなどで交わされる議論の場には、匿名もあれば実名もあり、面識のない相手との最低限の礼を守った議論もあれば、そうでないものもある。「玉石混淆」である。しかし、残念ながら多くの場合、「匿名・非礼」が過半を占めている。Twitter上で議論に参加する、橋下徹、樋渡啓祐氏らのTwitterにおいても同様の傾向がみられる。

一部に、「玉石混淆」の中から、礼を守ったしっかりとした発言には対応すべきとの意見もあるが、これは無理である。例えば私に対するメンションの7割、8割が罵詈雑言のときに、残りの2割、3割のまともなものを探し出す作業は、時間的にも精神的にも困難である。政治家・候補者が、Twitterで議論をとても無理、と忌避する理由がここにあることがあらためて理解できた。

本来、双方向の議論が成り立つはずの、SNSのひとつであるTwitterでこのような残念な状況が生まれた原因の一つに、匿名があると考えざるを得ない。例えば、日常では絶対に使わない汚い言葉を使えてしまうのは、匿名だからである。一般の生活ではとても言わない、極端な意見を繰り返し主張してしまうのも、匿名に依るところが大きいのではないか。

先日、復興庁の幹部職員である参事官が、Twitterで匿名で被ばく対策に取り組む市民団体などを中傷する書き込みをくりかえしていたのが、まさにこれにあたる。実名ではとても書けないことを、匿名であるがゆえに書けてしまうことの絶好の例になってしまった。参事官は実名がわかってしまい、処分を受けることとなった。

匿名であること自体は否定しない。しかし、しっかりとした議論を行う際に、匿名でなければ理由はどこにあるのかは、その匿名のご本人がしっかりと考えるべきである。匿名であることが、議論を汚く、無責任なものに流す可能性が高いことを踏まえて、考えるべきである。

SNSで、その双方向性を活かして、市民の間に議論の場ができて欲しい。また、そこに政治家・候補者が関わることで、市民の意見が政治に反映されやすくなって欲しい。そのことが、日本の政治や、ひいては民主主義を変えていく可能性がある。この私の思いは、変わらない。ただ、今の日本のTwitterでは本当に残念であるが、それは期待できないと判断せざるをえない。今、私はFacebookなどの実名系のメディアにその思いの実現を期待し、また実践の作業を始めているところである。

自炊代行ルールについて

6月10日(月)、ニコ生で「自炊シンポ」を行った。その中で、6月5日に発足したばかりの「蔵書電子化事業者協会」から、自炊についての5つのルールが提示された。

「データ化した裁断済み書籍は溶解処理する

データの使い回しはしない

裁断済み書籍が送られてきても受け付けない

データ化を拒否されている著者の書籍は受け付けない

書籍データに、ユーザが特定できる何らかの情報を付与する」

である。これに対して、一定のルールが保たれれば、自炊について許諾を与えてもいい、とする著作者を中心とした団体「Myブック変換協議会」から、5つのルールついて、概ね賛成の意向が示され、両者で協議に入りたいとの表明があった。

さらに、シンポの中で、視覚障害者である石川准静岡県立大教授からの、自炊データをOCRにかけてテキスト化することも、著作者の許諾条件に入れられないか、との指摘に対しても、両団体から前向きの発言があった。

自炊代行業の在り方については、裁判で係争中でもあるが、このシンポのサブテーマである「健全な市場は形成可能か」の一歩が切られることを切に期待している。

 

⇒マニフェスト評価機構  http://manifesto.or.jp
⇒ニコ生番組紹介ページ  http://live.nicovideo.jp/watch/lv139485926
⇒Myブック変換協議会  http://www.mybook-digital.jp/
日本蔵書電子化事業者協会 http://www.jabda.or.jp/